岐阜のマチュピチュの歴史と誕生秘話|山間地に築かれた天空の茶畑の全貌
春日地区における茶栽培の歴史は、700年以上前の鎌倉時代末期に端を発します。寺院の僧侶によって京都から持ち込まれた茶の種子が、粕川沿いの険しい山肌に播かれたのが始まりと伝えられています。一般的な平地の大規模茶園とは異なり、この地に根付いたのは人の手で改良を重ねた品種ではなく、厳しい自然淘汰をくぐり抜けてきた「古来茶」と呼ばれる在来種でした。根が地中深く垂直に伸びる在来種は、岩盤の多い急斜面でも力強く養分を吸い上げ、野趣あふれる香りと力強い滋味を蓄えます。
今日「上ヶ流茶園」として知られるパノラマが完成したのは、それほど遠い過去ではありません。昭和40年代から50年代にかけて、山間の零細農業を脱却し、作業効率と品質を劇的に高めるための大規模な土地改良事業が決断されました。傾斜度20度を超える山肌を重機と手作業で削り、石を積み上げ、等高線に沿って美しい弧を描く段々畑へと作り替えていったのです。日当たりを確保し、水はけを極限まで高めるための合理的な土木設計が、結果として半世紀の時を経て「天空の茶畑」と呼ばれる世界的景観を生み出す原動力となりました。
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岐阜 の マチュピチュ 天空 の 茶畑