琵琶湖周航の歌の歌詞違いはなぜ?京大ボート部の原歌詞と広まった謎を徹底解剖
この名曲を語る上で欠かせないもう一つの謎が、「作曲者」をめぐる数奇な運命です。誕生当初、三高生たちはメロディの出自を知らず、長らく「英国の古い民謡」あるいは外国曲と信じられていました。しかし1993年、滋賀県の郷土史家らの執念の調査により、新潟県出身の音楽家・吉田千秋(1895, 1919)が雑誌『音楽界』(1915年8月号)に発表した楽曲『ひつじぐさ』が原曲であることが突き止められました。
小口太郎も吉田千秋も、ともに若くして病に倒れ、互いを知らぬまま世を去りました。新潟で生まれた可憐な唱歌の調べと、長野出身の青年が近江の宿で認めた詩が、京都の学生たちの口を通じて奇跡的にドッキングしたことになります。
そして半世紀後の1971年、この歌に新たな生命を吹き込んだのが歌手の加藤登紀子さんでした。情緒纏綿たる彼女の歌唱は人々の郷愁を誘い、ミリオンセラーを記録。滋賀県の誇りとして定着し、県内各地に歌碑が建てられる契機となりました。2024年7月、加藤登紀子さんが長年牽引してきた滋賀の音楽祭はその歴史的使命を終えて幕を下ろしましたが、彼女の歌声によって定着した旋律は今も全国の音楽愛好家に愛唱され続けています。
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琵琶湖 周航 の 歌